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ice_blog

思ったことを忘れないように、考えたことを思い出せるように

価値観の相違

diary

「途中でやめたら意味なんかありませんよ。結果が全ての世の中です。」
「全てが結果なのだと、私は思うけれどね。」


『クビキルサイクル』 / 西尾維新
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mixiの日記は比較的多くの人に見られるため本音は書きにくい、というのをたまに聞くけれども、そう思う。ので自分は他にもブログを用意してほにゃほにゃと日々のことを書いている。自分以外見ることが出来ない日記なのだが大体一年くらいになるだろうか、ほぼ毎日書いている。ちなみに天気も書いて いる。晴れとか暴風雪とか。その日の講義のことなどを書いているので後から見るとどんな様子だったかが少しはイメージできたりする、例えば12月18日の 日記だと。

起床8時45分 晴れ

1講英語に出席、もう休めない。2講は心理療法B、毎回本を読んだり寝たり、今日は本格的に寝てしまった。3講は社会心理学、少しサボって英語の課題を終わらせる。4講は発達心理臨床、寝てしまった。



何しに大学に行っているのか分からない始末である。これは酷い。もう休めないと書いているのにこの後さらに休み、課題を出される。また11月9日の日記では。


起床9時 曇り 雨

一度9時に起きた後、1講を諦めて二度寝、起きたら10時45分だった。

2講に20分遅刻、馬鹿。



といったように頭を抱えるしかないような日記が日々綴られている。
そんな日記を見ていると「勉強しなくては、」という言葉を度々見かける、つまり分かってはいるけれども勉強していない状態が続いているわけだ、これが怠けているということだと考えられる、分かっているなら頑張れと言いたい、自分に。


テレビで、子供にブランド物の洋服を着せている親の特集を見た。10万円以上掛けるとか、なかなかのものである。こういう内容のものを放送すると「子供にブランド物は早い」とか「お金の大切さが分からなくなってしまう」という声が聞こえてきそうなものである。
しかし考えてみるとそれらは自分の価値観の押し付けではないかと思う。どちらかと言うと、「どうしてあなたと同じだけ自分はお金を大切にしなければならないのか。」という疑問に立ち返ることがお金よりも大切だと思う。
個人の価値観を否定しているのではない、むしろそれこそが大切であり、守るべきものだと思う。ただそれを人に押し付けるというのは滑稽この上ないと思うのである。

前にも書いたけれどもお金を稼ぐことは卑しいことでも尊いことでもないし、お金で何かを買うことも同義である。また現在ではお金で買えないものは 殆どないと言っても良いし、お金で買えないものがある時代よりも、お金で買えないものがない時代の方が豊かだと思う。

ブランド物の洋服を買って幸せになれるなら確かにお金で幸せは買える、けれどもブランド物の洋服を買って幸せになれるという感覚はお金では買えない、それこそが価値観ではないかと思う。