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思ったことを忘れないように、考えたことを思い出せるように

リップヴァンウィンクルの花嫁 - rvw_bride

 

死は生の対極としてではなく、その一部として存在する。

 

ノルウェイの森』 / 村上春樹
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12年振りに岩井俊二が長編の映画を作ったというので封切り時から見たい見たいと思っていたら、思っているうちに公開が終わってしまって、気が付けばレンタルが開始されていたので借りてみた。

 舞台は東京。派遣教員の皆川七海(黒木)はSNSで 知り合った鉄也と結婚するが、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室(綾野)に依頼する。
新婚早々、鉄也の浮気が発覚すると、義母・カヤ子から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出される。
苦境に立たされた七海に安室は奇妙なバイトを次々斡旋する。最初はあの代理出席のバイト。次は月100万円も稼げる住み込みのメイドだった。
破天荒で自由なメイド仲間の里中真白(Cocco)に七海は好感を持つ。真白は体調が優れず、日に日に痩せていくが、仕事への情熱と浪費癖は衰えない。ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出す。(Amazonより)

 

  • 鈍感が故に不幸な七海

とある男性とSNSで知り合い、あれよあれよという間に結婚することとなった七海。『こんなにあっさりと彼氏が出来てしまって良いのだろうか』、『私は彼にとってもあっさりと手に入ってしまった女になるのかな』とSNSに吐露したり、学校の生徒に声が小さいことをからかわれて、マイクを使わされるような冗談を真に受けたり、自主性がない。そのうえ鈍い。

 

<鈍感な部分>
・派遣教員を解雇されたことについて婚約者には正直に告げずに『お義母さんも反対してたし、私も家庭と両立は自信ないし...』と嘘の理由で隠してしまう
・旦那の浮気相手の彼氏が訪ねてきたことを旦那には相談せず相手の言い分を一方的に真に受けてしまう
・浮気相手の彼氏に呼び出されて”のこのこ”ホテルに行ってしまう

 

もちろん本人だけではどうしようもない部分もあるんだけれど、自身の不注意部分もあるせいで全部ひと纏めに「自分が悪いから」となってしまうあたりがとても不幸、可哀想なんだけど、不幸。嵌められやすく陥れられやすい。

でもこういう、正直に言っていれば大きな問題にならないのになぜか嘘をついてしまって、言い出せなくなって、気が付けば大きな流れに翻弄されてしまう、そんな流されやすい女の子って居そうな分、なんだかリアル。

結果として姑と旦那にボコボコにされる。崖から海面に落とされ、そのまま岸壁に打ち付けられたような哀れな姿で徘徊する七海、優しくない、この世界は全然優しくない。(自業自得な部分もあるけど)

 

  • 現実ではない世界

そんな優しくない世界で途方に暮れ放浪する七海に安室は結婚式の代理出席のアルバイトを紹介する、そこで出会った里中真白と七海は偽の姉妹として仲良くなる。
(ちなみにこのときの結婚式は紀里谷和明が出ていたり郭 智博が出ていたり一瞬の出演なのに脇役がとても豪華。)

七海と真白はその後、バーで二人でカラオケを歌うが、この時に歌ったのが七海が『ぼくたちの失敗』に対して真白は『なにもなかったように』。七海の悲惨な結婚生活の失敗を真白がなにもなかったように癒やすシーンがとても印象的。

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以前に『Love Letter』で婚約者の過去の物語を探る際にプルーストの『失われた時を求めて』を出してきたのを思い出したけど、物語の主題や登場人物の心理を既存のものに投影してメタ的に表現する方法がなかなかお洒落で素敵。

Love Letter [Blu-ray]

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後日、七海は住み込みでメイドをしないかと安室から話を持ちかけられ強引に連れて行かれる。その住み込み先で再会したのは、以前に結婚式の代理出席のバイトで知り合った里中真白だった。

 外界から隔離されたお屋敷で真白とともにメイドの真似事をして過ごしたり、女二人でウェディングドレスを買いに行き、教会で指輪交換の真似事をしたり夢のような日々を過ごす。夢のような、これは夢?

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そもそもリップヴァンウィンクルとは、

アーヴィングがオランダ人移民の伝説を基にして書き上げたものであり、まさに「アメリカ版浦島太郎」と言うべきものである。「主人公にとってはいくらも経っていないのに、世間ではいつの間にか長い時が過ぎ去っていた」という基本的な筋の類似性から、「西洋浦島」とも呼ばれている。(Wikipediaより)

内容は、リップが山奥で不思議な男たちと酒盛りをして酔っぱらって眠ってしまい、起きたら20年の月日が経っていた、という物語。まさに西洋版浦島。

 

そのリップヴァンウィンクルが今回どうしてタイトルになりえたのか、それは七海の物語が現実から始まり、叩かれ打ちのめされたところで、幻想の世界で癒やし救われ、最後は再び現実に戻ってくる物語だから。

”比喩表現を使わせたら村上春樹ほど遠い地点へ行ける作家はいない”という話をどこかで読んだことがあるけれど、今回の物語も現地点から遠い世界へ行き、最後はまた戻ってくるという物語になる。

 

では今回、七海が現実から離れ幻想の世界で見たものはなんだったのか。

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それは、ウェディングドレス姿で真白が語った『この世界はさ、本当は優しいんだよ』ということ。

騙されて、裏切られてぼろぼろになっても、それでも世界には小さな優しさが溢れていると癒やされ、翌朝幻想は終わり、七海は現実に引き戻される。

現実に戻ってきた七海が以前よりも成長しているのかどうかはわからない、それでも安室との別れ際に自分から手を差し出し握手を求めたり、大きな声でお礼を言えるようになっているのは、以前とは違う場所にいるからだとも言えそうだ。

現実から離れて幻想をみてまた戻ってくるまでの、痛さと優しさに溢れた長くて短い物語。