教育を投資として見た場合 - 学力の経済学
答えは明らかにイエスなのだ。フランク・ロイド・ライトが最高の仕事をしたのは70の時だ。アルフレッド・ヒッチコックが軌道に乗り始めたのは60近くになってからだ。ベートーベンが第九を作ったのは? 50代だ。
『天才になるのに遅すぎるということはない』 / Kathy Sierra
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子どもをなにか習い事に通わせたほうが良いのかと逡巡していたとき、たまたま見た体操教室のチラシのなかで非認知能力のことを取り上げていて、どこかで聞いたことがあるな、と思ったら随分前に読んだ『学力の経済学』に出てきていた言葉だった。
”子どもの将来の幸せに直結する力”とか言うと、なんだかキャッチーで胡散臭いけれど、『学力の経済学』では、教育という営為の効果をどうすれば最大化できるかを真剣に考え、最大化するための概念として非認知能力を紹介している。
「データ」に基づき教育を経済学的な手法で分析する教育経済学は、「成功する教育・子育て」についてさまざまな貴重な知見を積み上げてきた。そしてその知見は、「教育評論家」や「子育てに成功した親」が個人の経験から述べる主観的な意見よりも、よっぽど価値がある―むしろ、「知っておかないともったいないこと」ですらあるだろう。
本書は、「ゲームが子どもに与える影響」から「少人数学級の効果」まで、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を、科学的根拠から解き明かした画期的な一冊である。(Amazonより)
- 他人の”成功体験”は、わが子にも活かせるのか?
本書は、「不思議なもので、教育という分野に関しては、まったくといっていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる」という強烈な引用から始まる。
どういう事かと言うと、
たとえば、経済財政諮問会議の議事録をみても、教育再生が議論に上った途端、財務大臣や経済再生担当大臣など、およそ教育の専門家とはいえない人までもが「私の経験によると・・・・・・」と、自分の経験談をもとに、主観的な持論を展開しています。
と紹介している。
教育を受けたことがない人はいないので、皆さん自身の経験から言いたいことがあるようで、『文部省の研究』を読むとどうも戦前からそういう状態であったようである。
文部省を揶揄する言葉はたくさんある。本書で触れられている限りでも以下のとおりである。
内務省文部局、陸軍省文部局、CIE文部局、自民党文教局、日経連教育局...
これは、裏を返せば教育という事業が他の機関と密接に関わっているからであり、その時勢に影響を受けているということでもある。
皆さん一家言あり、言う人がいる一方、聞く人もいる訳で、”子どもを全員東大に入れました”みたいな人の体験談が売れてしまう。
著者は、これらを”特定の個人の成功体験することはとても難しいこと”と指摘している。
つまり、財務大臣の個人的経験に基づく教育論も、わが子を東大に入れた母親の体験談も、どちらも個人の経験を過度に一般化してしまっているんじゃないの?ってこと。
でも、個人的な経験に頼るのでなければ、何にすがれば良いの...?
今でしょ! 実験結果でしょ!
- ご褒美で釣ってはいけないのか
成績が良くなればご褒美を与える、資本主義的にはこれで成績が劇的に上がるはず!
ということに対しても実験を行った結果を紹介している。
ご褒美を与えるにしても、読書や宿題などのインプットの段階なのか、それとも実際に点数として結果が出たアウトプットの段階なのか、どのタイミングで報酬を与えるのが効果的なのか?
一見すると、インプットよりもアウトプットに対して報酬を与えるほうが効果的に思える。間違ったインプットに報酬を与えても意味がないし、頑張っても結果がでなきゃね、結果がすべて!!
と思ったら、インプットに対して報酬を与えられた子どもたちのほうが成績が上がってしまいました。不思議。
これに対して著者は、アウトプットにご褒美が与えられる場合、ご褒美が欲しく、やる気がある場合でもどうすれば学力を上げられるかが分かっていないのでは?と指摘し、まずは”勉強の仕方を勉強すること”が重要と述べている。
・テストの点数などのアウトプットに対して報酬を与えてはいけない。
・本を読む、宿題をするなどのインプットに対して報酬を与えるのは効果がある。
つまり、結果がすべてではなく、すべてが結果なんですね。(つまり?)
- 子どもは褒めて育てるべきか
心理学の研究では自尊心が高い生徒は、教員との関係が良好で、学習意欲が高く、実力に見合った進路を選択している傾向があることが指摘されている、と紹介。
褒めて自尊心を高めるべきでしょ!
と思うとそうでもないらしい。(そんなんばっかだな)
どうも、自尊心が高まった結果、学力が高くなったのではなく、学力が高い結果、自尊心が高まったというように因果関係が全く逆のようなのである。そして、学生の自尊心を高めるような介入は成績をよくすることはないという介入結果を示している。
そのうえで、むやみに子どもを褒めると、良くない行動を反省する機会を奪い、根拠のない自身を植え付けてしまうと指摘しているので、教育というのは本当に難しい。
それでは、”むやみ”ではなく褒めるとはどういうことなのか?
それは、「頭がいいのね」ではなく、「よく頑張ったね」という褒め方。「やればできるのね」ではなく、具体的に達成した行動を褒めてあげることが必要と述べている。
行動にフォーカスするというのは、褒められた本人に取っても分かりやすく”良い行い”を強化するのに適しているし、心理学的な考え方でも理に適っているように思える。
- 教育にはいつ投資をすべきか
ご褒美を与えるタイミングは分かったし、褒め方も分かった、でも経済学というのなら、いつ資源を集中投資するのがリターンが高くなるの?大学進学時直前とかお金掛かりそうですけど。
それについては、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授らの人的資本投資の収益率を参照し説明している。
もっとも収益率が高いのは小学校に入学する前の幼児教育だというのだ。
ということは、大学進学直前に予備校にお金つぎ込むなら、同じ額を就学前につぎ込めばリターンは何十倍も変わってくるということなんですね、ゴクリ...
(この曲線たどると生まれる前とか妊娠中とか、妊娠前とか更に上がっていきそうですね...)
さらに、どのような能力が学校卒業の年収や就職率に影響するのかを調べた結果、IQなどの認知能力ではなく、誠実さ、忍耐強さ、社交性などの非認知能力が大きく影響すると述べ、そのなかでも重要な非認知能力として、『自制心』『やり抜く力』をあげている。
『自制心』は筋トレのように、計画を立て、記録し、達成度を自分で管理することで鍛えることが可能だと述べている、メンタル的な要素であってもフィジカルと同じようなトレーニング方法が有効というのは面白い。
一方、『やり抜く力』はGRITとも呼ばれ、ペンシルバニア大学のダックワース准教授がTEDでも話している。
Grit: the power of passion and perseverance | Angela Lee Duckworth
GRITってなんやねんと思った以下の概念のよう。勉強になります。
Guts(ガッツ):困難に立ち向かう「闘志」
Resilience(レジリエンス):失敗してもあきらめずに続ける「粘り強さ」
Initiative(イニシアチブ):自らが目標を定め取り組む「自発」
Tenacity(テナシティ):最後までやり遂げる「執念」
スタンフォード大学のドゥエック教授は、『やり抜く力』を伸ばすためには「しなやかな心」を持つことが大切だと紹介している。「しなやかな心」とは、”自分の能力は生まれつきではなく、努力によって伸ばすことができると信じる心”だといい、そのような子どもに『やり抜く力』が強いと指摘している。
それでは、しなやかな心を育てるにはどうしたら良いのか?
ダックワース准教授も言っているが、しなやかな心を育てるには、自身がしなやかな心を信じなくてはならないのだ。粘り強く物事に取り組み、自身の能力は努力によって伸ばすことができる。そう信じないところにやり抜く力は育まれないのでしょう。
つまるところ、非認知能力というものは、知能指数やテストの点数などよりもより現実世界と擦れた能力で、認知活動の基盤となる能力を指している。
本書では、収益率の観点から未就学児の学齢での非認知能力の獲得の必要性を述べているが、こういう能力は未就学児だけが身につける能力ではなく、それこそ、しなやかな心で子ども大人関係なく身につけ洗練させていく必要があるようにも思える。
精進しましょう。