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思ったことを忘れないように、考えたことを思い出せるように

採用基準-日本社会とマッキンゼーが求める人材の共通点について-

 

そもそも「船頭多くして船山に登る」ということわざにおける船頭を、リーダーだと解釈するのは明らかに間違っています。

 

『採用基準』 / 伊賀泰代
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カリフォルニア大学バークレー校でMBAを取り、マッキンゼーコンサルタントと人材育成、採用マネージャーを務めた筆者が、誤解されがちな採用の基準、本当に求めている人材、また日本社会とマッキンゼーが求める人材の共通点について述べている。

 

採用基準

採用基準

 

マッキンゼーの採用マネジャーを12年務めた著者が語る

マッキンゼーと言えば、ずば抜けて優秀な学生の就職先として思い浮かぶだろう。
そこでは学歴のみならず、地頭のよさが問われると思われがちで、応募する学生は論理的思考やフェルミ推定など学んで試験に挑もうとする。
しかしマッキンゼーの人事採用マネジャーを10年以上務めた著者は、このような見方に対して勘違いだという。
実はマッキンゼーが求める人材は、いまの日本が必要としている人材とまったく同じなのだ。
だからこそ、マッキンゼーは「最強」と言われる人材の宝庫の源泉であり、多くのOBが社会で活躍しているのだ。
本書では、延べ数千人の学生と面接してきた著者が、本当に優秀な人材の条件を説くとともに、日本社会にいまこそ必要な人材像を明らかにする。

 

  • 頭がよいとは

マッキンゼーの面接担当者が見ているのは、問題が「上手く解けるか」、「上手に答えられるか」ではなく、「どれほど考えることが好きか」、「どんな考え方をする人なのか」更に「考えることが楽しくて楽しくて」という人かどうかを見ているという。

 

  • 採用したいのは...

本当に採用したいのは未来のリーダー。世の中には「どうすればいいのか、みんなわかっているが、誰も何もやろうとしないために、解決できないまま放置されている問題」が溢れている。

自分の言動を変えるのは自分一人でできるけど、他人の言動を変えようと思った時に必要となってくるのがリーダーシップ。

外資系の企業ではすべての社員にリーダーシップを求める。また、アメリカの大学入試でもリーダーシップ体験を問われる。それに対して日本ではリーダーシップは一部の人が持っていれば良いものだと考えられている部分がある。

本来のリーダーとは自説を押し通す人ではなく、組織としての成果を出すことを優先する人。リーダーシップを持った人が多ければ多いほど、組織は高い成果を出せることを外資系企業は知っているのでリーダーシップを重要視している。

 

奇しくも外資系の企業だけでなく日本社会としてもリーダーシップを持った人材を必要としているという。そこで求められているのは突出したカリスマリーダーではなく、全体の総量としてのリーダーシップキャパシティ、つまり一人ひとりのリーダーシップだと著者は言う。たった一人で窮状を打開してくれるスーパーリーダーなんていうのは存在せず、「問題を解決し、今までと異なる未来をつくり出すのは自分たちで、リーダーはそれを率いてくれる人物」という考え方ではないと組織は変えられないと述べている。

 

  • リーダーシップの学び方

著者曰く、リーダーシップとは特殊な能力ではなく、教育や訓練をにより身につけられるという。

・バリューを出す
会議で発言がゼロの人はバリューがゼロ。常に今自分がやっている仕事はどんな価値があるのかを意識する。資料を読んで「◯◯についてよく分かりました」では、「あなたの仕事は勉強することなの?」と皮肉を言われてしまう。

・ポジションをとる
判断を’’上の人’’に任せない。自分が意思決定者ならどう決断するのかをはっきりさせ、それに基づいて作業をする。直接関係のない事柄でも、もし自分だったらどうするだろう?という当事者意識を持って考える。

・自分の仕事のリーダーは自分
自分の仕事に関しては自分がリーダーであり、関係者をどう使って成果を最大化するのか考えるのが自分の仕事。自分が手掛けている仕事で、上司に何をしてほしいのか、同僚に何をしてほしいのかを明確にする。

・ホワイトボードの前に立つ
議論のリーダーシップを取り、参加者の発言を整理してポイントを明確にし、議論を前に進めていく、そうした経験を通してディスカッション・リーダーとしての訓練を積んでいく。

 

出来るようになるまで先輩がやるのを見て学ぶのではなく、取り敢えずやってみて、本当に出来ない部分だけを誰かに助けてもらう。

「リーダーシップは今すぐ発揮してください。できない部分については、次回からどう改善すればいいかを学びましょう」という谷底に突き落として見守るタイプのライオン式教育。

 

リーダーシップとは何なのかと考えると、一言でいうと当事者意識なのではないかと思う。目的に対して自分が何ができるか、主体的に行動をしようと考える人がたくさんいる企業は業績もすごく良いのだろうと思いました(小並感)。

”リーダーシップとは何なのか”が言語化されて分かりやすく解説されている一冊。

 

以下面白かった部分や気になった箇所を引用 

(アメリカのビジネススクールを指して)しかし、彼らの学生の集め方、アドミッション(入学審査)の方法やその指針、カリキュラムの設計方法、学校全体の運営方法、そして正規授業以外のカリキュラムを含め、「どんな人材を育てようとしているのか」という思想には、日本の教育機関が学ぶべき点が数多くあります。

私が二年間のMBA留学で学んだのは、最先端のファイナンス理論でもマーケティングメソッドでもなく、世界で活躍できる人材を育てながら、多額の外貨を稼いで世界中の頭脳を集め、街に活気をもたらし、在学生の多くをアメリカの理解者、アメリカのファンに育て上げていくという、あまりにもよくできた彼らの人材育成システムでした。(P24)

古代ローマでも、属州化した敵国の指導者層の子弟をローマの貴族の家庭に派遣し、教育を行い、自国の価値観を広げていった。アメリカの行っていることは真新しいシステムではなく、2000年も前に行われていたことと同じなのだ。

では、同じように外国人留学生を無償で呼び込み、世界中から若手のエリートをかき集めファンに育てる。そんな政策は日本でも実施可能なんだろうか、と考えると「自分たちが納めた税金なのだから、外国人に使うより日本人に使うべき」というような、教育の価値を単純にお金の移動でしか見ることができない。お金に拘る割にお金を活かすことに無関心な層が多数を占めている限り難しい気がしてしまう。

ここら辺の話は、貯蓄ばかりで投資をしない日本人の性質と関係がありそうな気はしている。

彼ら(マッキンゼーに入社する人の大半は)は、「マッキンゼーが自分を落とすなんてあり得ない」と考えています。「どうやったらマッキンゼーに選んでもらえるか」などとは考えていません。なかには「マッキンゼーが、はたして自分が選ぶべき価値ある企業かどうか見にきました」といった態度の人さえいます。(P40)

マッキンゼーでも、分析が得意で理解力が高く、洞察が深いだけでは「頭が良い(intelligent、smart)」とは呼ばれません。最もインテリジェントだと思われているのは、処方箋を書くための、構築型の能力がある人です。

構築型の能力とは、「独自性があり、実現した時のインパクトが極めて大きな仮説を立てる能力」(仮説構築力)であり、「ゼロから、新しい提案の全体像を描く構築力や設計力」です。(P50)

日本人の多くは、「リーダーは、ひとつの組織に一人か二人いればいいもの」と考えています。その他の人はあまり強い主張をせず、リーダーの指示に従って粛々と動くほうが、組織減退としていい結果につながると考えているのです 。(中略)この質問に対する私の答えは極めてシンプルです。全員がリーダーシップをもつ組織は、一部の人だけがリーダーシップをもつ組織より、圧倒的に高い成果を出しやすいのです。(P69)

「雑用係」とは反対に、リーダーとは他者の上に立ってあれこれ命令し、指示をする人だと考える人もいます。命令されることや指示されることを好む人はいませんから、「リーダー=命令をする人」だと解釈した時点で、その人にとって「リーダー」という言葉はネガティブな意味をもってしまいます。(P107)

自分では主体的に考えられずに指示を出されるのが好きな人、ってどこの職場にもいるような気がするけど、マッキンゼーにはいないんでしょうね、恐らく。

決めることができないのは、責任を取るのが怖いからでしょう。決断を下す人には、常に結果責任が問われます。それが怖い人はいつまでも決断を引き延ばします。決めることが出来ないのは、責任をとるのが怖いからでしょう。決断を下す人には、常に結果責任が問われます。それが怖い人はいつまでも決断を引き延ばします。そして彼らが決断をしない理由(言い訳)はいつも同じです。それは、「十分な検討時間がなかった」と、「必要な情報が揃っていない」の二つです。
しかし過去のことならともかく、未来のことに関して十分な情報が揃うことはありません。リーダーの役目は過去の情報を整理してまとめることではなく、未来に向けて決断をすることですから、常に不十分な情報しか存在しない中で、決断することを求められます。「情報がまだ足りないので、決断はもう少し後にする」と言っていたら、いつまでも決断できません。(P125)

ある米国企業の経営者が会議の席上で「A bad decision is better than no decision」と発言したのを聞いた時は、そのとおりだと感じるとともに、それを経営トップが会議で公言することに驚きも覚えました。これはまさに、決めることがリーダーの責務であると理解している人の言葉です。「ベストな結論が見つかるまで検討を続けるべきだ」などと言っていては、お話になりません。(P126)

数年前、マッキンゼーの卒業生が集まる大きなイベントがあったのですが、そこで元パートナーを含め五名の卒業生によるパネルディスカッションが企画されていました。(中略)すると、司会を務めていた若手コンサルタントは会場に向かって、「みなさん薄々お気づきだと思いますが、残念ながらディスカッションを行う時間はもうありません。したがって、パネルディスカッションはこれにて終了とさせていただきます。パネリストの皆さん、どうもありがとうございました!」と言って締めてしまいました。会場は大爆笑し、パネルのメンバーも苦笑いです。
(中略)
考えてみてください。パネルとして壇上に招かれているのは、元パートナーなどの大御所で、司会の若手コンサルタントよりかなり目上の人たちです。それでも彼は誰にも相談せずに「時間がないから打ち切り」と決め、それを会場に伝えました。これがリーダーシップです。(P202)

たとえば、一般的に工学部や理学部出身の人は、自分が研究者か技術者になるべきだと考え、「技術に関わらない仕事をするなんて、もったいない」と考えています。医学部出身の場合や、司法試験に合格している場合はなおさらです。「せっかく取得した資格を活かさないなんて、もったいない」と考えるのです。

しかし、今まで学んできたことの延長線上ではない場所に、やってみたいことが見つかった時、「学生時代の専攻が◯◯であったから」などという理由のために、それを選ばないことの方がよほど「もったいない」でしょう。重要なのは、過去に学んだ知識や、過去に特定分野を極めるために使った時間ではなく、これからの時間であり、これからの人生です。(P230)