愛なき森で叫べ - The Forest of Love
月光の白き林で 木の根掘れば
蝉の蛹のいくつも出てきし
ああ それはあなたを思い過ぎて
変り果てた私の姿
月光の凍てつく森で 樹液すする私は虫の女
『蛹化の女』 / 戸川純
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Netflixオリジナルということで、見よう見ようと中途半端にしていた『愛なき森で叫べ』。
ふと先日、頭のなかでなにかメロディが流れていて、「ああ、これは『紙の月』で流れていた讃美歌のなにかだな」と思って帰って調べてみても全然ぴんとくるものがない。
どうしたものかとyoutubeやNetflixの履歴をあさりながら思い出していると、どうやら園子温監督の映画っぽいような気がして分かったが、中途半端にしていた『愛なき森で叫べ』で使われていた『蛹化の女』だった。不思議なのは、Pachelbelのカノンではなく、『蛹化の女』の印象だったというところで、なんのことを言っているのか分からない方は聞いてもらえれば一目(一聞)で分かるかと。(百文は一聞にしかず)
Pachelbelのカノンに歌詞を乗せているのである。
なお、詞を書いてからカノンの曲に乗せたというから軽く天才である。
さて、『愛なき森で叫べ』である。
園子温監督の映画といえば、『愛のむきだし』であったり『冷たい熱帯魚』であったり、というよりその2作品しか見たことがないけど、同じように実際の事件をモティーフにして、洗脳と暴力と百合と猥雑さと神秘的ななにかを織り交ぜた作品になっている。暴力と暴力と死、そして百合。
上京してきたばかりのシンは、知り合った仲間たちと自主映画を作ることになり、メンバーの妙子を通して、友人の美津子を狙う詐欺師・村田丈の存在を知る。村田は見た目は明るく魅力的だが、巧みな話術と大胆な行動で他者の心を操る冷酷な人物。
映画は村田をモデルに彼の罪を暴こうとするが、予想もつかない惨劇が始まってしまう。村田は家族を巧みに洗脳し金を奪い、被害者を互いに殺し合わせるのだった。
(Wikipedia『愛なき森で叫べ』)
話の流れとしては以上なのだが、この映画を簡潔に説明するキーワードとしては、恋愛詐欺師とか洗脳とか北九州監禁殺人事件ではなく、『蛹化の女』を推したい。
- 蛹化の女
“女子校で生徒たちが下着姿で踊る”という、その界隈の方が聞いたら卒倒した後に抗議活動に繋がるような場面で流れるこの歌は、歌詞がとても印象的である。
女性の性をなんだと思っているのか!と聞こえてきそうであるが、女性というか虫の話なのでセーフ。
月光の白き林で 木の根掘れば
蝉の蛹のいくつも出てきし
ああ それはあなたを思い過ぎて
変り果てた私の姿
月光の凍てつく森で 樹液すする私は虫の女
初聞では意味が分からない。虫の女?樹液すする女とかやばいじゃん...
この歌がどうして使われているのか。それを考えるためには、この映画の主人公は誰なのかを考える必要がある。
結婚詐欺師の村田だろうか?映画作りにのめり込むシン?その友達の妙子?
思うに、この映画は美津子(が主人公)なのだ。括弧を付けたのは、この『映画は美津子なのだ』と言っても良いような気もしているから。
どういうことなのか。
- ロミオとジュリエット(※ただし百合)
美津子と妙子は同じ女子高のクラスメートであるが、そこにはもう一人重要な人物がいた。それが、エイコ。
このエイコと美津子が文化祭でロミオとジュリエットを演じることになるのだが、どうしてこうなったのか、実際にお互いに惹かれてしまう。よくあることなのだろうか。
つまりユリオとユリオット。
しかしユリオもといロミオ・エイコは事故で亡くなってしまう。死してなお、惹かれ、女子高生のエイコの亡霊に縛られ続けて引きこもっている、それが美津子。
それを踏まえて再度、『蛹化の女』の歌詞を見てみよう。
月光の白き林で 木の根掘れば
蝉の蛹のいくつも出てきし
ああ それはあなたを思い過ぎて
変り果てた私の姿
月光の凍てつく森で 樹液すする私は虫の女
ロミオ・エイコを思いすぎて蝉の蛹に変わり果てた美津子。深い。
歌詞の続きは、
いつのまにかあなたが
私に気づくころ
飴色のはらもつ
虫と化した娘は
不思議な草に寄生されて
飴色の背中に悲しみのくきがのびる
どういうことなのか、『愛なき森で叫べ』のあらすじに戻ろう。
友人の美津子を狙う詐欺師・村田丈の存在を知る。村田は見た目は明るく魅力的だが、巧みな話術と大胆な行動で他者の心を操る冷酷な人物。
映画は村田をモデルに彼の罪を暴こうとするが、予想もつかない惨劇が始まってしまう。村田は家族を巧みに洗脳し金を奪い、被害者を互いに殺し合わせるのだった。
つまり、蝉の蛹=美津子、不思議な草=村田、ということである。深い。
あなたを思い過ぎて、変わり果てた姿となり、気付いたときには詐欺師に寄生される。
そこまで考えると最初の結論に至る、つまりこの映画は、恋愛詐欺師とか洗脳とか北九州監禁殺人事件ではなく、『蛹化の女』となった美津子の映画だったのではないかということ。
そもそも、『蛹化の女』ってなんやねん。という話だが、調べてみると実際に存在している『冬虫夏草』と呼ばれるきのこの一種の話のようだ。
それは、幼虫のときに冬虫夏草属の真菌に寄生され、約4年で成虫となる。
幼虫の中で徐々に増えた菌は、春になると幼虫の養分を利用して菌糸が成長を始め、夏に地面から生える。
地中では幼虫の外観を保っているが、その背中からは菌糸が生え、地上にはきのこの姿で登場する。
それを歌っているのである。深い。
ちなみに良質な冬虫夏草は、同グラムの金よりも高い値打ちがつくという。なお、B2戦略爆撃機も同質量の金と同価値と言われるので、ともすると冬虫夏草はB2よりも高価ということだろうか。冬虫夏草恐るべし。
- The Forest of Love
冬虫夏草を踏まえて、『愛なき森で叫べ』の美津子に目線を合わせると、なんだか人間の人生における時間の長さみたいなものを感じる。愛している人を失くして、変わり果てた姿となるのだ。
なお、最後に表示される英訳は“The Forest of Love”。愛があるんだかないんだか...
まぁ、実態として現象として、または感情として、愛とはそういうものなのでありましょう。