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思ったことを忘れないように、考えたことを思い出せるように

知の逆転-現在の課題とこれからの予測-

「人生の意味」というものを問うことに、私自身は全く何の意味も見出せません。人生というのは、星や岩や炭素原子と同じように、ただそこに存在するというだけのことであって、意味というものは持ち合わせていない。

ジャレド・ダイアモンド
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学問の常識を逆転させた6人は現在と未来をどのように見ているのかをインタビュー形式で綴っている。

ジャレド・ダイアモンド
ノーム・チョムスキー
オリバー・サックス
マービン・ミンスキー
トム・レイトン
ジェームズ・ワトソン

これら6人の学者たちを著者は、

世界の叡智であるのはもとより、その正直さ、潔さ、勇気の点でぬきんでいる。敵が百万であろうとも、自らによって立つプリンシプルを曲げたり、ひよったりしない。

と述べている。潔さについてジェームズ・ワトソンはどうだろうかとも思うけれど。

 

知の逆転 (NHK出版新書 395)

知の逆転 (NHK出版新書 395)

 

 

気になった点をまとめて記しておく。

 

インタビュアーの

「健全なデモクラシーを維持するためには、各個人が優れた判断力を備えていることが必須条件ではないかと思います。しかし、社会は反対の方向へ進んでいるようにも見えます。個人の良識というものに、希望を持っておられますか?」

という質問に対し

個人の優れた判断力というのは、健全な民主主義のための必須条件ではない、なぜなら優れた判断そのものが、そうそうあるものではないから。と言い切る。
その上で、「民主主義というのは最悪の政治形態だ、これまでに試みられたその他の政治形態を除けば」とチャーチルの言葉を引用する。

また、先進諸国がこれから生き残るためにどんなことをすれば良いのか?という問いに対しては、

「消費量がいまより少なくなり、世界中で消費の量がどこでもほぼ均一になる必要があります。日本やアメリカ、ヨーロッパにおいて消費量が高く、アフリカや南アメリカでずっと低い場合、世界は決して安定に向かいません。
消費量の低い国々は高い国々に対して敵意を持ち、テロリストを送ったり、低い方から高い方へ人口移動が起こるのを止められない」

と予見している。

 

核抑止力とは現実的な概念なのかという問いに対し、

アメリカが本気で「核抑止」という概念を考えているのならイランの核武装準備を支援しろ、と言い切る。なかなかロックである。

言語学については、五万年の間、人間の認識能力は進化していないと言う。

「考古学上の資料によれば、約5万年から10万年くらいの周期で、重要な創造力の爆発があるといいます。ですからそれくらい前に人類学者が『大躍進』 (great leap forward)と呼ぶような何かが起こったらしい。
その頃、記号を使った行動や表記が始まり、天体の記録や複雑な社会構造が生まれ、考古学上の記録だけでも、人間能力の突然の進展や向上が見られるわけです。この頃に急激な変化が起こった。
それが言語の出現だったと考えられています。これらのことが言語の能力なしに起こったとは考えられない。
カンブリア紀の生命爆発(カンブリア爆発)の頃に、生物の基本的なパターンというものが整ってからは、生物の発達というのはみなほとんど同じなのです。多様な生物は、実は1種類が非常に長い時間をかけてわずかずつ変化してきた結果であるとする論文も発表されているくらいです。
しかしそれらとは違って、言語を含む人間のさまざまな能力は、非常にごく最近、突然現れたものなのです」 

 

たくさんの人が集まって協力しあう集合知能という概念について、

集合知能ということを言う人たちは どんな場合にそれが発現されるのかについて、説明しないんですね。集合知能は個人の知能を常に上回る、というようなあらっぽい言い方をしたがる。」 

 と述べて、ブッシュを大統領に選んだことやヒトラーが出現したことを指摘しつつ集団の中に一般的な叡智があるというふうには信じていないと結ぶ。

 

  • ジェームズ・ワトソン

ジェームズ・ワトソンについては、クリック、ウィルキンス、それにフランクリンが関係する『二重らせん物語』についても質問がなされている。

ワトソンとクリックが発見した(とされている)DNAの二重らせん構造は、実はロザリンド・フランクリンが撮影したX線結晶写真を彼女の上司だったウィルキンスがワトソンに見せたことが大きなヒントとなったのではないかという問題についてである、フランクリンはどのようにしていたらDNA構造を解明できたかというインタビュアーの質問に対してワトソンは、

「残念ながら違うDNAを持って生まれてくる必要があったでしょう。彼女には社交性というものがなく、どうやって他の人とつきあっていいのかわからなかった。おまけに明らかに被害妄想の気もあって、他の人が彼女から盗もうとするのではないかと恐れていた。だから、誰も信用しなかった。彼女の態度のせいで、他の人は彼女を助けたいと思わなくなった。もしいい性格だったら、それだけで既に助けになる。ブスッとした不機嫌な人だったら、誰も助けたいと思わないでしょう。」

と述べ、更に

「ハッキリ言って、彼女はノーベル賞に値しない。ノーベル賞は敗者には与えられない。誰も彼女から賞を奪ってなどいない。」

と全否定である。

自分に対する正直さは抜きんでているとしても、潔さではどうなのか、と疑問が浮かぶ。

ワトソン、クリック、ウィルキンス、それにフランクリンの二重らせんに纏わる問題については、『生物と無生物のあいだ』でも解説されている。

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

 

 

世界の叡智たちは、これからの未来をどう生きていくか、これからどのように時間が流れていくのか、ということにある一定の予見を持ち、提言もしている。
恐らく、その提言通りに事は進まないのだろうけれど、何年か後にこの本を読み返すと、『ああ、この時に予想されてたことだったんだな』と自虐的にはなれそうだ。