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思ったことを忘れないように、考えたことを思い出せるように

若き歴史学者のアメリカ

まさに貧乏を極めながら手にする小さなヴィトンだった。

『ハーバード白熱日本史教室』 / 北川智子 
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カナダの大学に入学し数学と生命科学を専攻していたはずなのに、大学院で日本史を専攻することとなり、その後ハーバード大学で教鞭を取ることとなった経緯と授業の内容について書かれている。

 

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

ハーバード白熱日本史教室 (新潮新書)

 

第1章 ハーバードの先生になるまで
第2章 ハーバード大学の日本史講義1―LADY SAMURAI
第3章 先生の通知表
第4章 ハーバード大学の日本史講義2―KYOTO
第5章 3年目の春

レポートのテーマは「タイムトラベル」! 「日本史は書き換えられなければならない」という強い使命感のもと、米国の有名大学で日本史を大人気講座に変貌させた著者による「若き歴史学者のアメリカ」。(Amazonより)

 

  • LADY SAMURAI

 フェミニズムの影響もあり、アメリカでは歴史の中の女性の存在も光が当たるようになってきたが、そんな中で日本史の流れがサムライや男性社会に関わることで固められていることは時代遅れであり日本史は男性だけの「半分史」にとどまっていると指摘する。
日本史における女性の研究は以前より存在していたが、それは「女性らしさ」の研究として完結してしまっていることについて、サムライで完結した日本史を超える「大きな物語(grand narrative)」を描き出すことが必要だと述べ、豊臣秀吉に影響力を持ち続けた妻ねねを取り上げて解説する。

 

  • KYOTO

学生主体の体験型教授法「アクティブ・ラーニング」を取り入れた授業「KYOTO」では、 洛中洛外図と現代の京都の地図を比較しながら自作の地図を作成する。学生は地図を作成するなかで何を中心として街が作られているのかというのを発見することとなる。また一定の期間の京都をタイムトラベルした経験を想像させて課題として提出させることで、実際のタイムラインが混乱しないよう注意をさせながら歴史的な事実と向き合わせる。

 

著者は、若い歴史家でも貢献できることや発信できるメッセージがあり、それは「日本のイデオロギーを目に見える形で作ること」だとして、次のように言い換えている。

「日本とは何か、という質問に対してしっかりした答えを構築すること」

これについて、自分の歴史から自身のアイデンティティーを掘り出そうとする経験を例に説明している。
初めて会った人に過去の話を聞かれるのは、過去があなたのアイデンティティーの一部として捉えられるからであり、それは国史も同様だとしている。

「この国とは何か?」という国のアイデンティティーを形成するときに歴史は重要な要素となるが、第二次大戦以降の日本では「大きな物語」が構築されていなく、一般化された歴史叙述が存在していないと述べて、緊急の課題として「日本のアイデンティティーを確固たるものにするための歴史叙述の構築」をあげている。

 

以下面白かった部分や気になった箇所を引用

せっかく行くなら数学のコースも政治のコースも、とにかくいろいろと勉強してみたかった。しかし、授業料が高すぎて無理。そこで、1コースにしぼって単科 留学生になることにした。いうなれば、ヴィトンが欲しいがバッグには手が届かず、仕方なくお財布を買うような論理だった。

わずかばかりの貯金の全額と荷物一つを持って、バンクーバーかを離れた。ボストン直行の飛行機に乗るお金がなく、バンクーバーから3時間半かけてシアトルまでバスで行き、アメリカ国内の格安航空会社のキャンセル待ちという最安値のチケットでボストンまで飛んだ。
行ったら行ったで、まともなアパートを借りる予算などあるはずもなく、ケンブリッジ周辺で一番安いMITの私設女子寮に入った。まさに貧乏を極めながら手にする小さなヴィトンだった。(P16)

 

ハーバード大学は、7分遅れで授業をスタートさせる。つまり11時半の授業開始ならば、実際には11時37分に話を始める。ありえないような遅刻を前提とした、いわば合理的なルーズさだ。しかし、その7分が、その日だけは異常に長く感じた。(P43)

 

大雪のキャンパスを歩きながら、足を止めて思った。この瞬間が区切りだ、と。これまでは、たくさんの人に支えられて、愛されて生きてきた。愛されることで満たされてきた。しかし、これからは違う。私は大人。先生として、学生たちをどれだけ愛せるか、学生をもつ立場になって、彼らに力強いメッセージを送りつづけるために、私にも学ぶべきことがある。

突然現れた次なる課題は「大人になること」。それは、まわりの人を愛することだ。愛されることよりずいぶん難しいように思えた。(P47)

 

まずは大きなクラスを成功させる大前提があることに気がつきました。その大前提とは、ごくシンプルです。 「準備がすべて」だということです。

誰かに物事を教える仕事をうまくこなす秘訣の99パーセントは、準備段階にあると思うのです。(P109)

 

何をするときも、「さあ、誰かやってもらえますか?」と言って教室を見渡すと、内容がなんであれ10人以上が即座に手をあげてきます。日本のクラスで、誰かを指名しようとするとしんと静まりかえってみんなが下を向く、あの瞬間と正反対のことが起こるわけです。

ショッピング期間のクラスでさえそうです。学生はやる気たっぷりで授業に参加します。初めて会う学生が多いにもかからわず、このクラスで主導権を握るのは私だ!という姿勢で堂々と発表します。(P118)

 

 私は日本史を専門で教えていますが、3年目の秋からお手製の数学史のクラスも担当するようになった数学史の先生でもあります。そこで、無限大のシンボル「∞」をメインに、グラフィック技術を使って、この短いメッセージの中に自分の写真を2枚組み込みました。超お手製、懇親の1行メッセージはこれです。

No proof needed; your possibilities are ∞.
証明などいらない。あなたの可能性は無限大(P135)